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ちょっくらよっていけし   

死亡事故

今年1年の山梨県内の交通事故による死者は、これまでに25人で、去年の同じ時期を6人下回った。

県警によりますと、今年1月から12月27日までに県内で発生した交通事故は、1986件で去年の同じ時期と比べて64件減った。

また、事故による死者は25人で、去年と比べ6人減。

事故件数は、最多だった2003年の7696件と比べると、約75%減っていて、県警は「車の安全性能の向上や街頭指導などによって交通マナーが改善した成果」と分析している。

今日の一句;山梨はマナーが良いと評判に

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史上最大の下剋上

1月2日(月)21:00~ 「史上最大の下剋上」天皇杯優勝・J2バンフォーレ甲府・BS3で放映されます。・・・

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小林一三生誕150年

 1873年1月3日、韮崎市の裕福な商家に一人の男の子が生まれた。後に阪急電鉄や宝塚歌劇団などを興し、財界史に名を刻んだ大実業家・小林一三だ。

線路を引くだけだった鉄道事業に、沿線開発という新たなビジネスモデルを持ち込んだ「私鉄経営の父」。

生誕150年を迎えた今、その足跡や偉業をたどる。韮崎市の七里岩を見下ろす高台に、墓地の一部を銅ぶきの塀で仕切った一際目立つ区画がある。
布を扱う商家だった小林家の墓だ。後に関西に移ったため、一三自身の墓ではないが、実母「幾久(きく)の」はここに眠る。

「幼い頃よく法事で墓を訪れた一三は、この高台の眺望が大好きだった。遠く東京や横浜を眺め、『全国で活躍する人物になりたい』との野望を抱いたのでは」。

一三は同市本町の小林家の分家に生まれ、すぐ母を病気で亡くし、婿養子の父は直後に家を出た。姉と二人残された一三は市内の本家で育てられ、15歳までを県内で過ごした後 上京して慶応義塾大学に進学。当初は小説家を夢見ていたが、やがて実業界に足を踏み入れていく。
今日の一句;一三は生まれた月日名を残し

韮崎市のシンボル「平和観音」富士山を眺めているようです。七里岩南端にあり高さ18.3m、昭和36年建立。
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明けましておめでとうございます。

ご挨拶

新年を迎え、謹んで新春のお慶びを申しあげるとともに、皆様のご多幸とご繁栄をご祈念申し上げます。
「ちょっくらよっていけし」は16年目を迎えました。
さらに身近な話題を毎日届けていくようガンバリたいと思います。
ご期待下さい。


今日の一句;この歳で絵馬を奉納満足し
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