FC2ブログ

ちょっくら よっていけし

https://mh182130.jp

たのきんトリオ

<たのきんトリオ 田原俊彦(C53)さん。 甲府市桜井町出身 

昨年の春、同窓会にきてライブを行い喝采を浴びた彼の甲府工業との接点を探るため その足跡をたどってみた。甲府工業土木科出身の歌手・田原俊彦さんの代名詞とも いうべき、歌って踊るスタイルは進化していた。
パワフルな歌声、しなやかでセクシーなダンス…。2009年秋に東京・お台場などで 開かれたライブツアーで、満員のファンを前に田原は魅せた。その彼が芸能界に デビューして今年で34年。18歳で甲府を離れ、1980年代を代表するアイドルにまで  上り詰め、現在もアーティストとして活躍して、最近ではテレビ出演も多くなり人気は 再び上昇気味だ。 
甲府市和戸町の甲運小を卒業し甲府東中に入学、野球部に入るものの常に目立つ グループに属し、いわゆる「不良」と呼ばれるようになる。
「とっぽい」中学生と化した田原は母親(父は6歳の時他界)にどうしても楽をさせて やりたい思いを抱き甲府工業土木科へと進学。授業中は時計とのにらみ合い。                            ひたすら終わることだけを考えていただけに、こっぴどく先生に怒られることは「日常」 となっていた。その時の担任が昨年まで校長をしていた金井光宣先生だ  そんな田原だがジャニーズへの夢はあきらめていなかった。
赤シャツを着込んだ田原は新宿ジャニーズ事務所の前に立ち「不審者がいる」と思 われたが秘書の方が出てきて思いを打ち明けた。
その秘書は「ジャニーさん、今、山梨から男の子が来ていて、山があっても”やまなしけん”  なんて変なこと言っているんです。会ってあげてください」と連絡してくれた。
田原自らが事務所に出向いて勝ち取った芸能界への第一歩だった。
この日を境に甲府工業に通いながら、週末はジャニーズ事務所のレッスンを受ける生活に  なる。
授業出席日数ぎりぎりの状態で芸能活動を続けて来た田原は、体育の授業単位を落とし
そうになるが、毎週グランドを10周走るなどの「補習」を受け、無事卒業式に出席している。
卒業式の日、甲府市桜井町の実家に立ち寄った田原は卒業証書を母に渡すと、ボストン  バックを片手に最寄の「石和駅」から新宿に向った。「3年B組金八先生」のドラマに  出演するためだった。
その後、「哀愁でいと」でレコードデビュー、大ヒットした。またテレビ歌番組「ザ・ベストテン」で  人気を集め最高視聴率41.9%を獲得した。  

資料;山梨日々新聞 

PageTop