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甲州人国記(2)

甲州人国記(2)“山々の咲き合う国” 1983年  昭和58年 

飯田竜太は芸術院賞恩賜賞をうけているが、芸術選奨文部大臣賞の俳人に御坂町育ちの石原八束(やっか)(63)。
旧制日川中(現日川高)時代に結核を病んで俳句に親しみ、蛇笏、竜太の家にもしばしば出入りした。
「蛇笏先生は、すごく目の光る、人間のとらえ方が厳しい人でした。一面、情愛の人、涙の人で、東京に心を残しながらも、峡中で家を守って俳文学を切り開いた」。
『雲母』を竜太と編集したこともある。
いま、俳誌『秋』を主宰、独自の句境を展開しながら、評伝『飯田蛇笏』の大作に取り組む。
石原が心酔し評伝もある詩人三好達治は、「地主飯田家」を守らねばならぬ蛇笏に、「孔子様みたいなことを言っていないで、こんな家は飲みつぶしてしまえ」といったそうだ。
その三好は石原に、「俺はあんなことをいったけれど、蛇笏さんのまねは出来ねいよ」と述壊した。
石原の誌心をも、桑畑の向こうの南アルプスが育てている。
  死は春の空の渚に遊ぶべし  
空は山々を浮かべる甲斐の空である。
「峡中の人」蛇笏の記録を調べるために、石原は、亡くなった身重の妻と一緒に二年間、図書館に通った。
曇り日の冬の村落は、人声もなく真昼もしっとり眠りつゞけ 部落を囲む山脈は陰陽けぶりてさみしーと、詩誌『葡萄』の主宰者、詩人堀内幸枝(62)は歌う。
同じ甲州出身の精養軒社長千葉幸男(65)の妻として東京に住むが、「故郷は墓の下の土まで好き」な甲州の語り部。故郷市之蔵村を歌った詩集『村のアルバム』を、三好達治は「人の心にしのび入ってくる風」といった。
父は、山沿いの村『雲母』の俳人で、少女の堀内は句会の席に茶を運んだ。  (敬称略) 
資料;朝日新聞 甲州人国記 “山々の咲き合う国” 昭和58年より。 

石原八束氏 御坂町育ち。堀内幸枝 東八代郡御代咲村(現在の笛吹市一宮町市之蔵)生まれ。
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