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甲州人国記(10)

甲州人国記  “キツネとタヌキ” ⑤-1   昭和58年 
                              
江戸風の着流し姿で、文士熊王徳平(76)は、文机を前に端座していた。富士川に臨む南巨摩郡増穂町青柳下の下町風の二階家。文筆生活六十年。                                             「田舎文士」を自称するが、率直、簡明な熊王文学のファンは少なくない。
十四歳で継いだ床屋を三十五でやめ、『狐と狸』に描く。
二度映画化され、甲州行商人の生態を通して、欲と色の人間模様をすかし浮き彫りにした。                                                        
宇野浩二に愛された熊王にとって、この行商体験も「文学のこやし」だったに違いなく、人間をまる裸にする文章には、老来、とみに磨きがかかってきた。
その熊王に、五十年初版の小説『虎と狼』がある。
三十五年、甲府盆地のバス会社、山梨交通の株争奪合戦に巻き込まれた作者が、内側からとらえた一種の実録もの。
合戦の主役は「国際興業の小佐野賢治と西武鉄道の堤康次郎」。
「虎と狼」である。
「小資本が大資本に飲み込まれる歴史的過程で、善悪の問題じゃない」と熊王。
国際興業が山梨交通の実権を握るが、「小佐野の野生と生命力に圧倒された」という。   
小佐野賢治(65)
運輸、観光、不動産の四十社、二万人を擁し、年商三千五百億円の国際興業のオーナー社主。
ロッキード事件の被告人である。
東京・上野毛の豪邸から、末弟の国際興業社長小佐野政邦(54)午前八時に出社する。
「事件は経営には何一つ響いていないよ。火の粉を振り払う体制だって整ってるさ」と政邦は胸をそらす。                                       
ヒンピンとかかってくる電話。
田中派の大臣も訪れて来た。
本社内の社主・賢治は忙しい。
「山梨交通は乗っ取りなんかじゃねえさ」。
甲州弁で心外の口ぶり。賢治の口は、郷党と少年時代を語る時だけほころんだ。
かっての山村、今は勝沼町山区が故郷。
小農の長男は貧乏をなめた。休息尋常小学校の時、百何十円かの少年団旗を作るために、二年間友達と新聞配達。
「毎朝、午前二時に起きて一里の道を塩山駅まで行き、村に配る八十一部の新聞取って来た。
いまの若いモンには、そんな根性はあるめえなあ」。
(敬称略)資料;朝日新聞 甲州人国記 “キツネとタヌキ” ⑤ 昭和58年より。 
増穂町青柳下生まれの熊王徳平。勝沼町山区生まれの小佐野賢治と弟の小佐野政邦。
熊王                  小佐野

 

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