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甲州人国記(12)

甲州人国記  ”財界実力者は健在”  ⑥-1   昭和58年 
 
昨年の晩秋、日本貿易会会長の水上達三(79)は小半日、故郷の山を眺めて来た。
水上の故郷は、南アルプス・甲斐駒ケ岳のふもと、北巨摩郡清哲村(現韮崎市)。
北に八ヶ岳、東に金峰、南に富士。
旧制甲府中(現甲府一高)時代、洪水で橋が流れるたびに「強行渡河して何度も足をすくわれかけた」釜無川と溶岩台地。
「山も水も澄んでいましたよ」。
柔和な目で笑った。
「ハヤブサの達」が、三井物産の社長時代まで水上についたアダ名。
「理に走る人」「国際経済に明るい人」の評もある。
甲州財界人の特徴である冴えたカンとして経済政策提言の能力を合わせ持った勉強家のハヤブサだ。
敗戦の時、北京支店長代理だった水上が、財界解体、三井物産解散の祖国で思い定めたのは、「貿易立国」の先兵になることだった。
「物産の解散は、ハダカで大道にほうり出されたようなもんでした」。
同志三十七人、幹部無給でスタートした「第一物産」が三井物産再建の母体となる。
「郷里の後輩を応援するよ」と、苦境の時、ポンと第一物産の株を買ってくれたのが、当時の富国生命社長小林中(あたる)。
四十八年、三井物産の取締役を辞めた時、「二十六年走り続けてやっとホットした」という水上の感慨は、本音だったろう。
ハヤブサの鋭さは、温和な表情に変わったが、国際経済摩擦も深刻化する中でまだ自適にはほど遠い。
毎朝五時に起きて、ラジオニュースを聞く。
「世界に憎まれないような節度ある輸出が大事ですよ」。
菜園を作り、盆栽も育てる。
日本緑化センター会長も兼ね、「自然の摂理の中で共存していかねば」。
「故郷では夕日に染まるアカネ色の山々に見とれてきたが、大切にしたい」(敬称略)
資料;朝日新聞 甲州人国記 ”財界実力者は健在”⑥ 昭和58年より 
北巨摩郡清哲村(現・韮崎市)生れの水上達三。 
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