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甲州人国記(15)

甲州人国記  “財界甲州党の系譜” ⑦-2   昭和58年 
                              
初代根津嘉一郎。
「乗り物とアカリをやれ」と若尾逸平に勧められ、故郷山梨市の田地を売って上京、ボロ会社を次々に再生させて鉄道王と呼ばれ、一時は「東電」も支配した。
昭和十五年世を去り、二代目は二十八歳で社長を継いだ。
「スケールの大きいオヤジでした」。
豪快な生き方は、東京・南青山旧邸跡の根津美術館に残る。
敷地二万数平方メートル。
都心の森の美術館に、『那智滝図』はじめ国宝七点、重要文化財七十七点、重要美術品九十二など美術品七千三百、発掘陶磁片一万百。
「高名な学者が『写しもの』とけなした絵でも、父は自分の面識買って『もうけたよ』といっていました。
奈良の骨とう店の美術品を全部買い占め、東京へ十五トン貨車で運んだこともありましたよ」と二代目。
「甲州のタカ」と呼ばれた財界風雲児の面目が躍る。
八十余社の東武グループを率いる二代目根津嘉一郎は、酒もゴルフもやらず「終始一誠意」の先代の教えを守る東大出の優等生。
東洋美術を語ると目が輝く。」
(敬称略)資料;朝日新聞 甲州人国記“財界甲州党の系譜”⑦ 昭和58年より。 
 
一宮町に故郷がある富国生命社長・古屋哲男。        
古屋  

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