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甲州人国記(16)

甲州人国記  “財界甲州党の系譜” ⑦-3   昭和58年 
                              
先代根津に見込まれたのが、早大を中退し故郷で禅坊主と碁など打っていた小林中だ。
根津が社長をしていた富国徴兵保険の部長にすえ、小林は三代目社長となった。
いま六代目社長が一宮町に故郷のある古屋哲男(67)五代目社長は森武臣(故人)で飯田蛇笏の実弟。
不文律のように歴代、社長は甲州人である。
戦後、富国生命となった富国徴兵は、兵隊さんの保険会社だったから敗戦でガタガタ。
「結局、株式投資で設けて立て直した。
生保業界は株に出動してくれという当時の池田蔵相のお声がかりだから強い。
投資制限はあったが、大蔵省には毎日、ガリ版刷りの始末書を出して、総資産の六割ほどまで買いまくったかな」と古屋。
戦後の株式市場を「富国」はわかせた。
乱世に生き生きした小林や森の顔が目に浮かぶ。
日産、日立をバックに堅実経営の日産生命相互社長は、旧制日川中、早大で古屋と同窓の矢崎恭徳(65)。
一方、「レジャーの総合経営」をうたう後楽園設立に小林一三は力を入れ、異母弟で塩山市の田辺宗英(故人)が社長をした。
現社長の保坂誠(72)は瀋陽で生まれ戦後、塩山へ引き揚げた。
「役割は上手な遊び方の手助け役ですよ」(敬称略)
資料;朝日新聞 甲州人国記“財界甲州党の系譜”⑦ 昭和58年より。 
    
     
矢崎      保坂 

        

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