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甲州人国記(24)

甲州人国記  “映像の世界さらう” ⑪-1   昭和58年 
                              
三浦友和、178cm浅黒く引き締まった童顔だが、青春俳優も三十一歳になった。父親は駐在所のお巡りさん。「八歳までの間に大菩薩嶺のふもとを四回も転勤しました」。塩山駅近くの小学校三年の時、会社員になった父と上京。大自然を相手に走り回っていた少年は、「屋上でドッジボールするような山のない環境」にビックリする。母が作る甲州名物の「おほうとう」(煮込みうどん)が好きだ。
都立日野高へ進むが、映画も見ず、文化祭にも加わらず、卒業式には教室で一人寝っ転がって入るような少年だった。「目立つのがイヤだった」。芸能界入りした時、友人は「ほんとに出来るかな」と心配したそうだ。
多くの若者のように、三浦も挫折を体験している。高校を出て日本電子工学院に進むが、中途で勝手にやめた。「いまは学歴の世の中だ、なんとしても大学へ、という親たちの期待を見事に打ち破ってしまって」。フォークグループに出入りして芽を出す。
四十九年、映画『伊豆の踊り子』での山口百恵(24)との共演が、三浦を青春スターにした。「もう二年以上も、百恵は芸能界とは無縁な生活をしているのに、騒がれてはかわいそうですよ。繊細で弱い女なんです。芸能界はもうこわくて帰る世界じゃないと、はっきりいっています」。きまじめな口調である。
「愛なんてきれいごといったって、なんていうのが流行だけれど、愛の真実はいつの世でも変わらないじゃないでしょうか」。映画『E・T・』の子どもの心情に打たれた。「やりたいものと、見にきてくれるものの接点を探っています」と俳優設計を模索中。(敬称略)資料;朝日新聞 
三浦

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