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甲州人国記(37)

甲州人国記  “政争の国の男たち” ⑰-2   昭和58年                               

  田辺国男前知事の四選を阻止した保革連合のスローガンは、「貴族的、消費型県政から庶民的、先導型県政へ」である。鈴木内閣の総理府総務長官をした田辺は、毛並みがいい。父は戦前、カミソリ将軍といわれ政友会幹事長もした田辺七六。叔父が実業家小林一三。知事・田辺と山申会のつながりも深かった。「塩山の家の火事で焼けてしまったが、横山大観や竹内栖鳳の絵がかなりあった」と田辺。七六は、政治教育はしなかったが、「この絵はどうだい」と画評を求めた。
田辺の美術鑑賞眼が知事時代、県立美術館のミレーの絵に巨費を投じさせた、といえなくもない。総理府長官時代は、「公務員給与の人事院勧告凍結は、行革のスジ違い」と当時の中曽根行管庁長官と激しくやり合った。「金鵄(きんし)勲章復活でも、無理だよ、と一論議したんだ」。一本気と人のいう坊ちゃん気質。金丸と対照的だが、「当面、福田派の閥務に専念ですよ」。
富士急行社長の堀内光雄(53)は、祖父良平、父一雄を継ぐ代議士三世。副知事をやめ田辺に決戦を望んだ は、戦後、東大を県職員の道を歩いてきた。金丸とは旧制身延中の同窓。「生まれも育ちも庶民で」。身延のものは声がよい」という甲州盆歌の一節を歌って聞かせた。
「江戸時代、お代官(でーかん)に痛みつけられた貧しい甲州から、うまし国山梨への脱皮を遂げたい。水と空気と山の良さを、他国の人が見直してくれてます」。日本列島のヘソに当たる山梨はいま、文化の時代を迎えている、と最近、甲州文化論に熱を込める。
「非核都市宣言」をした甲府市長三期目の河口親賀=ちかよし=(67)は、県労連議長が政治の振り出しだ。  (敬称略)資料;朝日新聞 
望月 

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