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現代の名工

 現代の名工に甲田紀文(こうたとしふみ)さん選ばれた。甲府工業34年度機械科卒。

 卓越した技能を持ち、その道の第一人者とされる「現代の名工」の受賞者が20日、厚生労働省から発表された。山梨県内からは、建築板金工の甲田紀文さん(75)(中央市布施,旧田富町)が選ばれ、表彰式は21日、東京都港区の明治記念館で行われた。
 建物を建てる時に使う板金作りの道に入り、57年間、現場一筋に働き続けてきた。丁寧な切断と溶接で、板金を繊細に仕上げる技術は、ほかの職人の追随を許さない。高い技術を生かして、県庁や中学・高校など、県内の数多くの建物の板金を手掛けてきた。「裏方として仕事をしてきたので、受賞で光を当ててもらえたことが本当にうれしい」と表情をほころばせる。
 3歳の時、建築板金工だった父、文衛ぶんえさんが出征し、戦死した。母、多け子たこさんが「手に職をつけたほうがいいので、お父さんと同じ仕事をしたほうがいいよ」と口癖のように話していたことや、「亡くなった父とのつながりを持ちたい」と思い続けていたことから、甲府工業高校に進学した。母子家庭で苦労も多かったため、「受賞を一番喜んでくれているのは両親かもしれない」と目を細める。
 卒業後は、建築板金工としての修業を経て、25歳の時に「甲田板金工業」を設立。甲府工業高の校長から教わった「技術者になる前に人間となれ」という言葉を座右の銘にして、どの顧客とも公平に付き合い、教えを請われると助言を惜しまなかった。
 難しい依頼でも、「できないと言うのは悔しいから」と、情熱を燃やして取り組んだ。ある社員寮の仕事では、板金の角を、すべて手作業で丸める必要があった。食事時間も惜しんで実験したり、角を変形させないための溶接の温度を考え続けたりして、やっと納得できる板金を仕上げたことも。「その時はつらかったけど、かえって記憶に残っています」と振り返る。
 設立した甲田板金工業は10年前、長男・武治さん(43)に引き継いだ。これからも、自分にできることがある限り、社会に貢献していきたい」と、言葉に力を込めた。資料&写真;読売新聞
 

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