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ちょくらよっていけし 

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一瀬益吉氏

一瀬桑
明治時代に甲府市に県の勧業製糸場が建設されるなど蚕の生産拡大が奨励された。
餌となる桑の生産量も増大し、中でも市川三郷町「一瀬桑」は、上野村の養蚕農家だった一瀬益吉(後に上野村村長)が品種改良の末に発見したとされる。
葉が大きくて厚く良質とされ、全国に普及した。現存する原木は県天然記念物に指定されている。
資料;毎日新聞より
市川三郷町上野地区、かっては一瀬桑がいっぱい植わっていた。
昔桑の実(かみず)を食べて口の周りを紫にしたことを思いだした。
なお、ここが”初代市川団十郎発祥の地”とされている上野村であった。終わり

変遷;上野村⇒三珠町上野⇒市川三郷町上野

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一瀬桑(2)

一瀬桑
桑の葉には血糖値の上昇を抑える作用があるとされ、健康志向もあり注目されつつある。
韓さんは地元の桑の歴史や由来を知るにつれ、「これはもっと活用できることがあるのでは」そう思うようになった。
当初は、そうした農家から桑の葉を購入していたが、農家に「自分たちに直接、畑で栽培させてほしい」と訴えた。
耕作放棄地を利用するなどして、今は6ヘクタールの畑で桑4万6000株を育てている。
同社の塩沢拓郎さん(29)は以前、桑郷を取り上げたテレビ番組を見て、「自分が生まれ育った市川三郷で熱い思いを持って頑張っている人がいる」と胸打たれ、それまでの勤務先を辞めて入社。
昨年は初めて桑の実の栽培に挑戦した。(続く)

今日の一句;今になり一瀬桑を懐かしむ
 

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桑の葉のお茶(1)

市川三郷町山保地区 桑の郷、原風景復活へ お茶に活路。

寒暖差の激しい日には雲海に包まれる山あいの市川三郷町山保地区。(四尾連湖がある所)
かつて養蚕に不可欠な桑の一大生産地だったこの地に桑畑が広がる原風景が復活しつつある。
桑の葉の用途は、蚕の餌ではない。
人が飲む桑茶だ。韓国出身の韓成さん(44)と神奈川県平塚市出身の楠三貴さん(40)の夫婦は、地元産の桑の葉を使った茶を販売する会社「桑郷」(同町山保)を経営する。
市川三郷は、蚕の餌として全国に普及した「一瀬桑」発祥の地とされる。(続く)

今日の一句;桑の実を食べたあの頃鮮明に

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よみうり「時事川柳

山梨県の日照時間が長くなる要因は,かつては甲斐の国と呼ばれた地勢によると思われる。

「甲斐(かい)」の語源は「峡(かい)」峡(かい)とは峡谷すなわち奥深い山々の谷間を意味し八ヶ岳連峰,南アルプス,富士山などの3000m級の高峰が湿った季節風が吹き込むのをさえぎっている。
甲府盆地で晴れの日が多くなるのはそんな要素が大きい。

子供の頃誰もが経験した盆地の暑さはハンパではなかったことを今でも思い出す。
山梨県はかっては水力発電で隆盛を極めたが、今はメガソーラーで水素を作る技術を確立し世界に羽ばたいている。

先日、よみうり時事川柳にこんなのがのっていた。
「信玄にほうとう葡萄桃水素・・・流山・猫猫山」
うまくまとめたなと感心しました。

今日の一句;山梨は話題多き故郷よ

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信玄公祭り秋開催か

山梨県の長崎幸太郎知事は定例会見で、県最大の祭りである「信玄公祭り」を、春から秋開催に変更することを明らかにした。春の恒例行事だったが、長崎氏は「秋の観光シーズンの重要イベントと位置付けたい」と、来年以降は秋開催で定着させる考えを示した。

1千人以上の武者行列「甲州軍団出陣」で有名な信玄公祭りは、これまで地元の英雄である戦国武将の武田信玄の命日である4月12日の直前の金曜から日曜日にかけての春に開催されていた。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大で中止、延期が続き、今年は3年半ぶりの信玄公祭りとなり、10月下旬と初めての秋開催となった。コロナの感染状況も落ち着いていたことなどもあり、観客動員が17万8千人で過去最多を記録した。

長崎氏は、「天候が安定している時期」も理由に、今後、基本的に秋の開催とすると説明した。

今日の一句;伝統を信玄まつり代えがたき

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